人間と機械の中間としてのロボット 佐倉 統 東京大学大学院・情報学環 学環長

professor's TALK

人間と機械の中間としてのロボット

ロボットとサイボーグの違いとは何でしょうか。ロボットは機械であり、サイボーグは人間の一部を機械にしたものであり、たしかに異なる存在です。しかし私は、これは程度の差であって、サイボーグとロボットの違いを見つけることよりも、むしろその両方を包括した視点で捉えることのほうが重要だと考えています。つまり、サイボーグもロボットも、人と機械の関係というシステムの中で考えたほうがよいのではないか、ということです。

現在、機械や人工物と人間とは根本的に異なる存在だとみなされています。機械的に何かをするという表現は、いわば非人間的に繰り返し同じ動作をするとか、融通が利かないことを意味します。反対に人間は、もっと暖かくて思いやりのある存在だと考えられています。しかしロボットやサイボーグ、人工知能は、実は人間と機械との間に位置するものとして考えられます。

ロボット(やサイボーグ)と人間との関係は、サルと人間との関係に似た部分があります。近代の考え方では、一方に人間がいて、もう一方に動物・植物を含めた自然があって、これらは根本的に異なるものだと見なされてきました。人間は自然を開発して管理する。つまり人間が主であり自然が従であるという一方的な関係の図式が想定されてきたわけです。このような見方はキリスト教に根強く備わっていると言われています。

しかしサルの研究が進むにしたがって、サルは人間と自然との間に立つ存在だということがわかってきました。サルは人間ではないので自然の側に属しますが、調べれば調べるほど人間的な要素をたくさん持っています。例えば道具を使い、複雑な社会構造を持つ。またチンパンジーの一部などは言語を教えれば使うことが出来る。つまり人間に特異的だと言われてきた能力を彼らは部分的ではあるが備えているのです。こうした事実が明らかになるにつれて、人間と自然との間を隔てる壁が崩れてきた歴史があります。つまり、人間も自然の一部なんだという認識が生まれてきたのです。

サイボーグはロボットよりは人間に近い存在と言えるでしょう。しかし機械と人間全体が今後どのように進化していくのかということを考えると、ロボットとサイボーグは似たような存在であり、より包括的に捉える必要があります。サルが人間と自然との間の壁を崩してきたように、ロボットやサイボーグは人間と機械との壁を崩してゆく存在と言えるのです。

SCHOLAR講師

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