サイエンス教育を変える「理論物理学」の方法 大関 真之 京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻 システム構成論講座適応システム論分野助教

professor's TALK

シンプルな法則で世界を解き明かす「理論物理学の方法」

私はこれまで、理論物理学を専門分野として研究してきました。一方で今回カンニング検出システムの開発に用いたのは機械学習であり、この技術は本来、情報学に属しています。それでは理論物理学者である私が、なぜ機械学習を用いてカンニングの研究を行ったのか。その秘密は、「世界はシンプルな法則によって出来ている」という理論物理学の信念にあります。

私は大学・大学院で、磁性体、つまり磁石の研究をしてきました。磁石には、周りと同じ向きに揃おうとする性質があります。磁石を原子・分子といったミクロなレベルで見ると、各分子が皆同じ向きに揃って結合しています。だからこそ例えば、砂鉄を引き付けたり、方位磁針の向きを変えたりする磁力を持つことができます。熱を磁石に与えると磁力を失ってしまいますが、これは磁石の各分子がエネルギーを持って動き出し、その方向性がバラバラになってしまうからです。

今、この磁石を構成する各分子1個1個がどのようにしてその向きを決定しているかを考えてみたいと思います。例えば方位磁針のN極を北に、S極を南に向かせる地磁気のように、この世界には磁場というものがあります。この磁場が存在した時、そしてその大きさが大きくなった時、磁石の各分子(スピン)の向きはある一定の方向を向くようになります。つまりスピンの向きは、磁場の強さに影響を受ける。しかし磁石の向きはこれだけで決定されるわけではありません。どういうことかというと、磁石をミクロレベルで見た時、各スピンの隣にはまた別のスピンが存在するわけですから、その影響も出てくる。つまり「スピンの向き」は、「磁場」と「周囲のスピンからの影響」を合わせたものによって決定されていることになるのです。この関係性を数式で表しているのが理論物理学における磁石・磁性体の理論です。

私はこの理論を大学3年生の時に習ったのですが、その時、この理論を他の現象、例えば社会現象にも適用できるのではないかと考えました。実はそのアイデアが現在の研究のきっかけとなっているのですが、具体的には、人の噂がなかなか覆らない理由をこの理論で説明できるのではないかと考えました。先ほどの「スピンの向き」= 「磁場」+ 「周囲のスピンからの影響」の式で、「磁石の向き」を「個人の意見(噂)」に、「磁場」を「雰囲気」に、そして「周囲のスピンからの影響」を「周囲の人の影響」に置き換えれば、人の噂がなかなか覆らない現象を説明することができそうです。

カンニング検出の研究もまさにこの応用です。元々は、「スピンの上向き・下向き」を「テストの正解・不正解」に置き換え、「磁場」を「学習の度合い」に置き換えて、「テストの点数」から「学習の度合い」を推測するシステムのアイデアを考えていました。ただし残念ながらこれは既に心理学の統計的手法として既に利用されていたものでした。しかし彼らは物理学者ではないので、「周囲の影響」まで考えていなかった。一方私は理論物理学者ですし、磁石の理論を知っていますので、それを応用して周囲の影響まで包含した関係性を考えてみたいと思ったわけです。それでは「テストの点数」に反映される「周囲の影響」とは何か。これがまさにカンニングです。このようにして、私が開発したシステムでは、「テストの点数」から「学習の度合い」が推測できるだけではなく、カンニングの有無まで検出することが可能になったのです。

理論物理学では、ある物理現象の性質を数学というツールを用いて記述します。そして、数式として一般化された理論は他の現象にも応用することができます。このように、「ある現象を貫く法則は、ほかの現象にも適用できる」と発想ができるのは、我々理論物理学者が、「世界の法則はシンプルに出来ている」はずだという信念を持っているからだと言えるでしょう。だからこそ、物理の世界とはかけ離れているように見えるカンニングも研究対象となり得たわけです。

このような視点で社会に目を向けた時、そこにはイノベーションのチャンスがたくさん転がっています。つまり、磁石・噂・カンニングを貫いている法則は、他の現象にもあてはまるということです。今回カンニング検出システムで用いた技術では、スパースモデリングという比較的最近の考え方を利用しています。このスパースとは「少数」を意味し、この技術を用いると「データを説明する法則はシンプルなはず」という前提を置くことで、少ないデータ数でも正確な法則を推測することが可能となります。

この技術を用いると、「少数だけど、存在すると大きな影響を及ぼすもの」を検出することができるため、この定義にあてはまるカンニングを検出することができたのです。この「少数だけど、存在すると大きな影響を及ぼすもの」を身の回りで探してみれば、カンニング以外にも、たくさんのものが見つけられるでしょう。例えば、電車の中の痴漢などもそのよい例で、私はカンニング検出システムで用いた技術を応用することで、痴漢を現行犯で見つけるシステムを作ることも可能になると考えています。

SCHOLAR講師

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