コンピュータのユーザーインターフェースを進歩させたふたつの開発手法 増井 俊之 慶應義塾大学 環境情報学部 教授

professor's TALK

コンピュータのユーザーインターフェースを進歩させたふたつの開発手法

私はこれまで、主にコンピュータのユーザインターフェース開発を行ってきました。ソニーやアップルなど所属する企業は変わりましたが、研究テーマはずっと同じです。

私の開発したシステムの中で最初に売れたものは、携帯電話の予測変換入力システムでした。ソニーの研究所にいた頃にその原型をつくったのですが、ソニーエリクソン製の携帯電話にこのシステムを入れてもらった後、だんだんと流行ってきたという経緯があります。またこのシステムを知ったアップルの人が声をかけてくれて、アップルではiPhoneの日本語入力システムや、フリック入力システムの開発をしました。

ところで私の開発方針の特徴として、「コロンブスの卵的発想」と「Eat your own dog food」のふたつがあります。

「コロンブスの卵的発想」というのは、人が思いつかないような、だけど簡単な方法で問題を解決するということを指します。私はこのような方法で解決できる問題が、コンピュータの世界にはまだたくさんあると考えています。もちろん、とても複雑な技術を頑張って開発することで、コンピュータが進歩していく部分はあるでしょう。しかし私がより重視しているのは、もっと簡単で、アッと驚くような解法によって進歩していく部分もあるのではないかということです。

それでは、どういう技術開発が「コロンブスの卵的」と言えるのでしょうか。「コロンブスの卵指数」というのがありまして、これは「技術の複雑さ」で「その技術のインパクト」を割った値によって定義されます。私は自身の技術開発を、できるだけこの「コロンブスの卵指数」の値を大きくすることを念頭において行っています。

例えば、先ほど紹介した携帯電話の予測変換システムは、コロンブスの卵的発想によって生まれた技術だと言えます。このシステムは内部に辞書を持っていて、例えば「お」と入力されれば「お」を頭文字にもつ単語を探してくるというように、検索を行っているだけのことです。つまり実際には「かな漢字変換」のように複雑なことは行っていませんし、種あかしを聞いてしまえば大したことはないと思われるかもしれません。しかし当時そういった発想はありませんでした。またこのような簡単なシステムだからこそ、容量という資源の少ない携帯電話に入れることが出来、成功したということも言えます。

次にもう一つの開発方針である「Eat your own dog food」とは、自分で開発したシステムは自分で使うという意味です。例えばあるシステムを開発したけれど自分で使わず他人だけが使う場合、そのシステムの改善には他人のフィードバックを待たなければいけません。一方そのシステムを自分で使っていたならば、問題点にいち早く気づき、その点をすばやく改善していくことが出来ます。これは当たり前のように聞こえますが、研究としてシステム開発をする人の中には、この点が出来ていない人が多いのです。これまでに私が開発してきたシステムがいくつか成功しているのは、この点に気を付けてきたことがよかったのではないかと思っています。

現在も研究を続けている、先程紹介した日本語入力システムの改良版では、例えば「ますい」と入力すべきところを間違えて「まさい」と入れても正しく「増井」に変換してくれます。またもう一つのシステムはテキストエディタなのですが、このシステムではコピー&ペーストなど繰り返す動作を予測して自動で行ってくれます。これらのシステムも技術的にはとても簡単で、実際に短いスクリプトだけで動いています。つまりこれが「コロンブスの卵的発想」に基づいているということなのです。

また、これらのシステムを自分で使い続けることで、私は「Eat your own dog food」を実践しています。つまり使い続ける中で問題点を改善していくわけですが、私のつくったシステムはシンプルなものであるからこそ、一人で簡単に直していくことが出来るということも言えるのです。

SCHOLAR講師

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